blanClass+portfolio 2010

 今年も、art & river bank 「depositors meeting 8」にポートフォリオを出展した。出展したポートフォリオに、今年を振り返る文章を書いたので、2010年最後の+columnも同じものを寄せます。

 なにかの企画書にblanClassは超記録集団だと、豪語したが、私を除いて立ち上げからスタッフに写真家が多いため、無尽蔵に記録が増える。外付けハードディスクが増える。バックアップが追いつかない…。

 というわけで、今年も、art & river bank 「depositors meeting 8」にポートフォリオを出展した。昨年ははじめてから2ヶ月分のポートフォリオだったが、今回はほぼ1年分、2010年1月~現在までの記録をすべて網羅することとする。当然1日分の掲載枚数が減るが、1年ごとに整理するのは精神衛生上にもたいへんよろしい。

 といっても2ヶ月が1年になっただけで、その黎明期には変わらず、変化を示すには年数が足らない。後々見返して「このころはこういう傾向だった」とあらためてアナライズすることにして、今の段階での感想めいたものをちらほらと書くことにする。

 今年一番のトピックスは、なんといっても+nightでの「ステューデントナイト」だ。すでに3回、1月30日、7月24日、12月4日に第1弾~第3弾までを済ませた。第2弾と第3弾は「off limits」という副題を寄せた。

 「off limits」というのは、1999年ニュージャージーのThe NEWARK MUSEUMで行われた展覧会のタイトルだった。(Off Limits: Rutgers University and the Avant-Garde, 1957-1963)

 その展覧会は、1957年~1963年にRUTGERS UNIVERSITYの周辺で起こった若きアーティストたちの動向をドキュメントしたものだった。1957年~1963年のRUTGERS UNIVERSITY周辺には、アラン・カプロー、ジョージ・シーガル、ロイ・リキテンシュタイン、ルーカス・サマラス、ジョージ・ヘンドリックス、ボブ・ワッツ、ジョージ・ブレヒト、ロバート・ウィットマンなどが、彼らの初期のアートワークを展開していた。ハプニングやポップアート、フルクサスなどの原動力の1つの渦になったのだ。そして、当時のニューヨークの学生たちが試行錯誤した芸術への問いや実験は、後のアートシーンを大きく変えていった。

 第1弾のステューデントナイトを見終わって、その展覧会で感じた、いろいろな場所で、巻き起こるべくして起きた渦のようなものが、いまこの国のそこかしこで起こりつつあるのかもしれないと、期待をし、またその展覧会であつかわれていたかつての若きアーティストの思想を想い、タイトルを拝借した。

 ステューデントナイトには、それぞれに7組ずつだったので、すでに21組の最若手のアーティストがエントリーしてくれた。彼らにも、彼らを囲む大人たちにも同様に期待することは、型にはまった審美眼で芸術作品らしきものをでっちあげることや、それを求めて性急にレッテル張りをするのではなく、未来の予兆ともいうべき「問題」を示し、また見抜いてほしい。

 3月に予定している第4弾には別のサブタイトルをつけようか? と考えている。たとえば「next education」とか「beyond education」なんてのがいい。

 若いアーティストの参加も大きな出来事だったが、同時にさまざまな世代やジャンルのアーティストが進んで+nightに参加してくれたことも大きな出来事だった。つらつらと名前を挙げていくときりがないのでアーカイブなどで確認してほしいが、特筆すべきなのは1周年記念ウィークに参加してくれた原口典之氏だろうか。64歳にして未だ現役ばりばりの姿は若い作家に全然負けていなかった。

 結果、あまり偏りのないプログラムが実践できたと思う。私は常々、芸術の本質はジャンルや形式を飛び越えて共有し得るものと信じている。そもそも芸術と言って、その様式や役割というものは、人の歴史のなかで日々変化しながら想像を絶するほど多様に機能してきたのだ。数年間とか数十年間で適当に培ったような、ヘロヘロのものさしで、無理くりはかったところで、そう易々とはかれるものでもない。そういうことは100年くらい前にたとえばデュシャンみたいな人がとっくに飛び越えたはずのものなのに、多くの人々があいもかわらず条件付きの自由を謳い、また辟易している。

 政治でも経済でも戦争でも勝手に条件付きの自由に一喜一憂するが良い。でも芸術や表現は条件なしの自由でいきましょう。これまでも、これからも。

こばやしはるお


related posts