blanClassではコンテンポラリーな試みとモダンな形式への再考と、そのどちらとも言えないジャンルのジレンマや個人の経験から発する問題提起などが、未整理のまま錯綜している。それは芸術の考え方だけには収まっているはずもなく、それぞれのアーティストが持っている、社会というものの認識や思想だってバラバラなのだ。それはそのまま現在の社会の知性の地図を表しているのだろう。一口に多様といっても、理想とされているような多様とは様相が異なっているのだ。バラバラな考え方のなかには、実は類型的な考え方や型にはまった考え方も同時にあって、それらが複雑にリミックスしている。

だからといって、まだまだどれかに偏らせて考えるのは早すぎると思う。リミックスは混ざったものを混ざったまま受け取っていたのでは、表面的なカオスの快楽しか得られないものだ。逆に混沌状態が疲れるからといって、視野を狭く持って一つのことに拘っていても、いずれは煮詰まってしまうだろう。誰がなにをなぜ、自分の問題として主張しているのか、ある程度は受け入れないと、なにも整理ができないのではないだろうか?

若い人たちと出会うと「勉強しなさい」と、つい言ってしまう。私だって若かったころがあるし、散々言われてきた文言だから、そのウザさは共感もする。でもなんとかそれぞれに独自の視野で世のなかやこれまでの世界で起こったことなどを見渡すための挑戦をしてほしいと願ってしまう。

なぜならば、現在の世のなかにはびこっている、大小さまざまな「偏見」に辟易とするからだ。カモられたり、消費させられたり、誘導されたり、騙されたり、その逆に言い知れない怒りに震えたり、孤独に恐怖したり、差別したり、憐れんだり、決めつけたり、偽善ぶってみたり…。

「そう短絡しなさんな」と言いたい。つまり「わからない」とか、「知らない」とか、「できない」を素直に実感してほしい。自分に根拠を探したらどうしようもなく迷子になってしまうはずだから、そのことを大いに楽しんでほしいのだ。

「勉強」というと引いてしまうから、その代わりになんといったらいいだろう? 代わりの言葉は見つからないから、とりあえずもう5年はblanClassの運営をあれやこれやとやってみることにする。

小林晴夫(2015. 1-3. チラシ掲載)


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