Event

岸井大輔

アジアで上演する

2014.09.29—2015.09.17

★月イチセッション
岸井大輔[アジアで上演する]

アジアを概念化し、西洋芸術に接ぎ木して作品製作をすることは、歴史を振り帰るまでもなく、陳腐であり、かつ危険な飛躍となりやすい。しかし、それを承知の上で、アジアに新たに向かい直す芸術家が増えている。しかも、彼らは、表現形式として展示ではなく上演を志向することが多いようだ。そこで、何人かの「アジアで上演する」アーティストにスポットをあて、発言を記録、交流し、結果新たな組み合わせによる上演までやれたらいいなと考えている。


[アジアで上演する #1]

ゲスト:手塚夏子

日程:2014年9月29日(月)19:30~
入場料:2,000円
定員:30名(要予約)

[アジアで上演する #2]

ゲスト:眞島竜男

日程:2014年10月24日(金)19:30~
入場料:2,000円
定員:30名(要予約)

[アジアで上演する #3]

ゲスト:武藤大祐

日程:2014年11月17日(月)19:30〜
参加費:2,000円 
定員:30名(要予約)

[アジアで上演する #4]

ゲスト:黒瀬陽平

日程:2014年12月5日(金)19:30~
入場料:2,000円
定員:30名(要予約)

ナノスクール&アジアで上演する合流企画
アジアで上演する #
5|アジアで上演するとは何か]

杉田 敦+岸井大輔

[アジアで上演する]9月ー12月に行った4人のアーティストとのトークをもとに、杉田敦さんと岸井大輔で「アジアで上演する」概念を細かく見ていきます。(ナノスクール#24、アジアで上演する#5)

日程:2015年1月16日(金)18:30~
入場料:1,200円/学生:1,000円(要予約)
定員:30名(要予約)

★TPAM 2015 ショーケース参加作品/ワークショップとレクチャー
[アジアで上演する #6 やってみる─1]

出演 眞島竜男/萩原雄太/武藤大祐/武田 力 ほか

アジアを概念化し、西洋芸術に接ぎ木して作品製作をすることは、歴史を振り返るまでもなく、陳腐であり、かつ危険な飛躍となりやすい。しかし、それを承知の上で、アジアに新たに向かい直す芸術家が増えている。しかも、彼らは、表現形式として展示ではなく上演を志向することが多いようだ。
そこで、何人かの「アジアで上演する」アーティストにスポットをあて、9月─1月に発言を記録、交流を行った。
2月は以上の成果をぼんやり参照しつつ、何人かの作家によるワークショップや実験を行い、それに基づくトークを行う。

日程:2015年2月13日(金)18:30~
入場料:2,000円
定員:30名(要予約)

タイムテーブル(予定)
18:30-19:30 『「満洲レスリング」のためのダイアグラム(粘土)』 眞島竜男
18:45-19:45 『はじまりの、その身体に宿るすべて』 武田 力
19:55-20:10 『来る、きっと来る』 武藤大祐
20:10-21:00 『タイトル未定』 萩原雄太
21:00-22:30 トーク

アジアで上演する #6 やってみる─1は、TPAM 2015 ショーケース参加作品です。

ワークショップとレクチャー
[アジアで上演する #7|やってみる─2]

出演:畔上咲子/斉藤成美/飯島剛哉/清水穂奈美

アジアを概念化し、西洋芸術に接ぎ木して作品製作をすることは、歴史を振り帰るまでもなく、陳腐であり、かつ危険な飛躍となりやすい。しかし、それを承知の上で、アジアに新たに向かい直す芸術家が増えている。しかも、彼らは、表現形式として展示ではなく上演を志向することが多いようだ。

そこで、何人かの「アジアで上演する」アーティストにスポットをあて、9月─1月に発言を記録、交流を行った。

3月はこれまでの成果をぼんやり参照しつつ、アジアで上演するシリーズに伴走してくださった何人かによるワークショップや実験を行い、それに基づくトークを行う。

日程:2015年3月20日(金)18:30~22:30
入場料:2,000円(出入り自由)
定員:30名(要予約)

タイムテーブル(予定)
18:30 飯島剛哉「なかにはいって(もちあげて)、しゅっとぬく。」
19:10 畔上咲子 
19:50 清水穂奈美「かくれんぼ(仮)」
20:30 斉藤成美「セツ」
21:00-22:30 トーク

ディスカッション
[アジアで上演する #8|分科会 テーマ1:中世を仮設し、現実をシミュレーションする]

出演:今和泉隆行/危口統之/新見永治/司会:岸井大輔

アジアを概念化し、西洋芸術に接ぎ木して作品製作をすることは、歴史を振り帰るまでもなく、陳腐であり、かつ危険な飛躍となりやすい。しかし、それを承知の上で、アジアに新たに向かい直す芸術家が増えている。
しかも、彼らは、表現形式として展示ではなく上演を志向することが多いようだ。この現象を「アジア(とか日本とか)」「上演」という言葉を使わずに記述できる言語を獲得したいと考え、「アジアで上演する」シリーズをはじめた。
まず、何人かの「アジアで上演する」アーティストにスポットをあて9月─1月に発言を記録・交流を行い、2、3月には、いろいろやってみた。

以上の体験から、いくつかのテーマが見出された。4月─6月は、これらのテーマに基づく分科会をもち、ディスカッションを行うことにした。

4月のテーマは「中世を仮設し、現実をシミュレーションする」とする。
半年に渡るリサーチを経て、「アジアで上演」しているアーティストの一部は、近代が崩れてもやっていけることを提示しているように思えた。彼らは、社会ルールなど西洋近代で形成されたコミュニケーションの基盤が失われ、足場がなくなっている状態を積極的、肯定的に提示している作家と考えられるのではないか。
それは、近代以前すなわち中世を仮設しているような形態をとる結果、「アジアで上演する」ように見えてしまうだろう。しかし、彼らの眼目は、現実そのもののシミュレーションにこそあるようにも思われる。

そこで、逆に、中世を仮設したり現実をシミュレーションしたりしている作り手たちと、アジアで上演することについて考えることで、議論を進めることができないかと考えた。

最初に「アジアで上演する」シリーズの企画者である岸井から、これまで抽出された問題をまとめて20分話す。その後、各出演者から20分づつ、自己紹介もかねて話題を提供いただく。
出演者は、古代からの来歴まで書き込まれた平凡な空想都市中村市を描き続ける地理人こと今和泉隆行、舞台装置の搬入を見せることで建築を上演してしまう悪魔のしるしの演出家危口統之、30年以上の歴史をもつオルタナティヴスペースを「まち」にすると宣言しその運営方針を3年以上話し合い続けている民主主義の実験場パルルの新見永治の3人。これら異色の出演者間および会場を含めたディスカッションを行う。

私たちはどこかに立っている、しかし立場などない、という事態について、議論を深められればと思っています。

日程:2015年4月3日(金)
開場:19:00 開演:19:30
入場料:2,000円
定員:30名(要予約)

ディスカッション
[アジアで上演する #9|分科会 テーマ2:好きにやれる状態を継続する、そのような社会が来るまで]

出演:伊藤 悠/小林晴夫/鈴木一郎太/司会:岸井大輔

アジアを概念化し、西洋芸術に接ぎ木して作品製作をすることは、歴史を振り帰るまでもなく、陳腐であり、かつ危険な飛躍となりやすい。しかし、それを承知の上で、アジアに新たに向かい直す芸術家が増えている。しかも、彼らは、表現形式として展示ではなく上演を志向することが多いようだ。
この現象を「アジア(とか日本とか)」「上演」という言葉を使わずに記述できる言語を獲得したいと考え、「アジアで上演する」シリーズをはじめた。

まず、何人かの「アジアで上演する」アーティストにスポットをあて9月ー1月に発言を記録・交流を行い、2、3月には、いろいろやってみた。

4月─6月は以上の体験から見出されたいくつかのテーマに基づく分科会をもち、ディスカッションを行う。

5月のテーマは「好きにやれる状態を継続する、そのような社会が来るまで」 とする。

半年に渡るリサーチを経、「アジアで上演」しているアーティストの一部は、自由な表現や思考が認められがたい状況において、好き勝手にやれる状態を確保するためのあり方を模索しているように思われた。彼らは、アーティストと名乗ることより、アートであることを重視し、歴史や批評で涵養された判断を歴史や批評と切り離された場においても機能させようとする。西洋から切り離された現場において、場当たり的になされる表現が「アジアで上演する」ように見えてしまうのだろう。
しかし、彼らの眼目はむしろ、個人の表現のこだわりと、その力や価値に対する根源的な信頼にあるように思える。おそらくそれはまだ見ぬ未来の民主主義への素朴な布石となるだろう。

そこで、好きにやれる状態を模索運営する方たちと、アジアで上演することについて考えることで、議論を進めることができないかと考えた。トーカーには、現在の日本で現実とかかわりつつ好き勝手できる状態を作り続けている、islandJAPAN代表の伊藤悠、一昨年までNPO法人クリエイティブサポートレッツで企画を担当していた鈴木一郎太、blanClassの小林晴夫さんをお願いした。
最初に「アジアで上演する」シリーズの企画者である岸井から、これまで抽出された問題をまとめて20分話す。
その後、各出演者から20分づつ、自己紹介もかねて話題を提供いただく。
私たちの立場は、私たち自身で引き受けていかねばならないという事態について、議論を深められればと思っています。

日程:2015年5月15日(金)19:30~22:30
入場料:2,000円
定員:30名(要予約)

ディスカッション
[アジアで上演する #10|分科会 テーマ3上演一般批評は可能か、上演の範囲がたとえば生活まで拡張される中で。]

出演:寺尾恵仁/星野 太/武藤大祐/司会:岸井大輔(劇作家)

アジアを概念化し、西洋芸術に接ぎ木して作品製作をすることは、歴史を振り返るまでもなく、陳腐であり、かつ危険な飛躍となりやすい。しかし、それを承知の上で、アジアに新たに向かい直す芸術家が増えている。しかも、彼らは、表現形式として展示ではなく上演を志向することが多いようだ。
この現象を「アジア(とか日本とか)」「上演」という言葉を使わずに記述できる言語を獲得したいと考え、「アジアで上演する」シリーズをはじめた。

まず、何人かの「アジアで上演する」アーティストにスポットをあて9月ー1月に発言を記録・交流を行い、2、3月には、いろいろやってみた。4月─6月は以上の体験から見出されたいくつかのテーマに基づく分科会をもち、ディスカッションを行う。

6月のテーマは「上演一般批評は可能か、上演の範囲がたとえば生活まで拡張される中で」とする。

私たちは「アジアで上演する」ことを考えていく中で、「上演」とは何かという問題にぶつかった。近年、多くの芸術家は絵画・音楽・演劇などのジャンルを横断する表現を模索しており、表現形態として、都度、展示・作品・テキストなどが考えられ、上演もその一つとなる。しかし、テキスト批評や展評などと比べると、上演一般を批評する言説は未整理であるとはいえないか。無論、演劇の上演研究、ダンス批評、美術におけるパフォーマンス研究やシアトリカル批判など、ジャンルに基づく上演理論はあるが、上演一般批評となると困難だ。しかし、多くの「アジアで上演する」アーティストは、インスタレーションやプレゼン、拠点やサークルづくり、自身の生活そのものなど、上演と捉えられる方法で発表を行っている。それらの発表について考察したければ「上演批評」が不可欠ではないのか。

そこで、さまざまなジャンルにおける上演理論に詳しく、かつ上演が拡張される現状について関心のある研究者とともに、上演一般批評の可能性(あるいは不可能性)について議論したい。

最初に「アジアで上演する」シリーズの企画者である岸井から、これまで抽出された問題をまとめて20分話す。その後、各発表者から20分づつ、自己紹介もかねて話題を提供いただく。出演者はそれぞれのジャンルにおける歴史や最新理論を参照しつつ実践をも続ける3人、美術から星野太、ダンスから武藤大祐、演劇から寺尾恵仁をお願いした。

私たちは立場がないゆえ上演する。だからこそ、上演を考察し共に考える言説が必要がある、ということを話してみたいと思います。

日程:2015年6月5日(金)19:30~22:30
入場料:2,000円
定員:30名(要予約)

[アジアで上演する#11|戯曲『アジアで上演する』発表と検証]

出演:岸井大輔/ゲスト:井関大介/坂倉杏介

アジアを概念化し、西洋芸術に接ぎ木して作品製作をすることは、歴史を振り帰るまでもなく、陳腐であり、かつ危険な飛躍となりやすい。しかし、それを承知の上で、アジアに新たに向かい直す芸術家が増えている。しかも、彼らは、表現形式として展示ではなく上演を志向することが多いようだ。
この現象を「アジア(とか日本とか)」「上演」という言葉を使わずに記述できる言語を獲得したいと考え、「アジアで上演する」シリーズをはじめた。
まず、何人かの「アジアで上演する」アーティストにスポットをあて9月─1月に発言を記録・交流を行い、2、3月に実験公演をし、4月─6月は以上の体験から見出されたいくつかのテーマに基づく分科会をもった。
このシリーズを主催する岸井は劇作家であるので、以上の経験を戯曲にまとめ、9月に本シリーズのまとめとして、その戯曲の上演を数人のアーティストに依頼した。

7月はその戯曲の検証を行う。

まず、岸井の書いた10数行のインストラクション形式の戯曲が配布され、それが書かれた経緯などの解説を岸井自らが行う。それからゲスト2人とディスカッションする。ゲストは、芝の家や三田の家などコミュニティのための新たな場の形成の理論と実践における国内の第一人者である坂倉杏介と宗教学者で最近では新しい田楽を作るアートプロジェクトを進行中の井関大介。表現の場が安定しにくい状況において、それでも場や思考を継続させようとしている実践者だ。
個々人の正気と知が複数になったとき狂気と痴になり、それが個々人を圧殺してきた反省の上で、しかし集団で表現していく実践の可能性について、議論を深められればと思っています。

日程:2015年7月24日(金)19:30~22:30
入場料:2,000円(出入り自由)
定員:30名(要予約)

[アジアで上演する#12 fin.|戯曲『好きにやることの喜劇(コメディー)』上演]

出演:梅津庸一/タカハシ ‘タカカーン’ セイジ/萩原雄太/藤城 嘘/

※「アジアで上演する」の全イベントに出席した振付家斉藤成美に本シリーズ鑑賞からの作品を依頼、製作された「しつらい(出演:斉藤成美/前田ゆきの)」も上演される。

アジアを概念化し、西洋芸術に接ぎ木して作品製作をすることは、歴史を振り変えるまでもなく、陳腐であり、かつ危険な飛躍となりやすい。しかし、それを承知の上で、アジアに新たに向かい直す芸術家が増えている。しかも、彼らは、表現形式として展示ではなく上演を志向することが多いようだ。
この現象を「アジア(とか日本とか)」「上演」という言葉を使わずに記述できる言語を獲得したいと考え、「アジアで上演する」シリーズをはじめた。
まず、何人かの「アジアで上演する」アーティストにスポットをあて9月ー12月に発言を記録・交流を行い、2,3月に実験公演をし、4月ー6月は以上の体験から見出されたいくつかのテーマに基づく分科会をもった。また、1月と7月には振り返り検証をした。このシリーズを主催する岸井は劇作家であるので、以上の経験を下記戯曲「好きにやることの喜劇(コメディー)」にまとめ、以下のアーティストにより上演する。

日程:2015年9月17日(木)19:00~22:00
入場料:2,000円(出入り自由)
定員:30名(要予約)


戯曲「好きにやることの喜劇(コメディー)」
                   岸井大輔


好きにやる。すると以下のようになる。


ずっと続く、誰でも使え見れる、場所や状況や法律や支持体や舞台の上で、好きにやる。
1-1
ない場合、作り、好きにやる。
1-2
ある場合、守り、好きにやる。
1-3
作ったり守ったりするため好きにやれないなら、好きにやれているとはいえない。例えば、好きでもない戦争や金儲けに協力するなど。


好きにやるのは、今ここだけと、今ここだけで思いながらやる。
2-1
ずっと続くことになっているものを使うときも、ずっと続くことはなく今ここだけと思いながら使う。
2-2
いつでもなんでも今ここだけという考えは、今ここだけの考えではないから、1に入る。たとえばアマチュアリズムや相対主義など。


好きにやるときは、隠れる。
3-1
好きにやった結果を公開するときには暗号化する。暗号は好きに解読されがちなので、暗号こそ好きにやることのはじまりかもしれない。
3-2
隠れ方はいろいろあり得る。隠れ方は好きにやってなくてもいい。
3-3
誰かといっしょに隠れて好きにやることもできる。
3-3-1
いっしょに隠れている誰かが原因で好きにやれないなら、好きにやれていない。
3-3-2
一人隠れることで好きにやれていると感じるならば一人で隠れる。例えば、心の中だけで好きにやるなど。


いつでも好きにやろうとする。例えば好きに生活する。
4-1
例えば日常を好きなように解釈したり、新たな社会を好きに言ったりつくったりすることも、好きにやることだ。
4-1-1
生活を好きにやるにしても、日々のくらしと好きにやることは矛盾しやすい。だから、いろんな生活運動は、現実を知って保守化し、結局、好きにやることを邪魔したりすることが多いようだ。伝統を1の「ずっと」とみなしたり生活を2の「今ここ」とみなしても、それは好きにやることとはつながらない。生み育て、食い眠り、弱者を守り力あるものは働く生活の実感の中で、好きにやるのなら、すべては実験となる。
4-1-2
伝統や生活から好きにやってきた知恵を明らかにし、得る。
4-2
1も2も3も4のことと考えることができる。
4-2-1
1の「ずっと」も2の「今ここ」も考え方だからウソである。よって好きに考えられ、好きにやれる。
4-2-1-1
1の「ずっと」や2の「今ここ」のウソをマコトのように考えると好きにやりにくくなるようだ。
4-2-1-2
「ずっと」と「今ここ」を行ったり来たりすることは、思った以上にできるし、気持ちいいし、好きにやりやすくなることを示すのは、喜劇である。
4-2-2
生活を作ったり試したりするときの方法は1、2、3にも応用できないか考えてみる。
4-3
好きにやったらどうなったか、ほかの人の経験や予想は無視する。それらを考えることは好きにやったことにならないから。その結果好きにやれなくなってもいいし、それはそのとき考えることだ。
4-4
何かが起きることはすべて貴いと考える。


個人では好きにやれない。集団で好きにやる。
5-1
集団と個人の関係を、今より明確か不明確にする。たとえば、責任や個人の判断が不明確であるときは明瞭にしようとし、責任や個人の判断が明確なときは曖昧にする。
5-2
個々の間に線がある、あるいは生まれる、あるいは作ることから、好きにやることがはじまるのではないかと考えてみる。
5-3
集団で好きにやった経験を明らかにし、共有する。


1、2、3、4、5に当てはまらないが好きにやれている人は尊敬する。
6-1
好きにやっている人を愛し、興味を持ち、理解しようとすることをやめない。
6-2
この「好きにやることの喜劇(コメディー)」を、好きに書き換えてよい。
6-3
1、2、3、4、5に当てはまらないけれど好きにやれていると思うと、気がつけば、1、2、3、4、5に当てはまっていることが多い。


手塚 夏子(ダンサー・振付家)
1970年横浜生まれ。自身の体を素材とし実験する作品『私的解剖実験』シリーズを制作。一貫して身体の観察をし続ける中で、自分の身体が世界の物事や人々に反応し続けている、つまり関わりが身体を作るのだという実感を得る。以来、関わりを観察する作品に転換。その延長線上で、今、世界で起きている事はいったいなんなのか?どのような感じ方で世界を見る事が出来るか? という問いを作品化し続けている。ニューヨーク、オーストラリア、ベルリン、ポーランド、インドネシアなどの国々で様々な企画に参加し、2010年から日本を中心にアジアの民俗芸能を調査している。311を経験した今、内発的な身体のあり方や、身体がメディアであることの大切さについて深く考えている。
http://natsukote-info.blogspot.jp/

眞島 竜男 Tatsuo MAJIMA(現代美術作家)
1970年東京都生まれ。1990年~1993年、Goldsmiths College, University of London在学。1997年~2000年、スタジオ食堂参加。2000年~2004年、Bゼミ Learning System専任講師。主な個展に、「無題(栄光の彼方に)」(TARO NASU/2012年)、「北京日記」(TARO NASU/2010年)、「The Incredible Shrinking Pizza」(Hiromi Yoshii/2005年)など。主なグループ展に、「六本木クロッシング2007: 未来への脈動」(森美術館/2007年)、「食と現代美術 Part 2 美食同源」(BankART1929/2006年)、「第6回シャルジャー・インターナショナル・ビエンナーレ」(アラブ首長国連邦/2003年)など。 blanClassでは2010年1月に『鵠沼相撲・京都ボクシング』、2011年4月に『0.2』を発表。

武藤 大祐 Daisuke MUTOU(ダンス批評)
ダンス批評家、振付家、群馬県立女子大学文学部准教授(美学、ダンス史・理論)。20世紀のアジアを軸とするダンスのグローバル・ヒストリーを研究しつつ、それをふまえた「ポストコロニアルな振付」の手法を構築中。NPOダンスボックスの「国内ダンス留学@神戸」でのワークショップなどで実験している。共著『バレエとダンスの歴史――欧米劇場舞踊史』(平凡社)、論文「大野一雄の1980年」(『群馬県立女子大学紀要』第33号)、「イヴォンヌ・レイナー『トリオA』における反スペクタクル」(同30号)、「差異の空間としてのアジア」(『舞台芸術』12号)など。韓国のダンス月刊誌『몸』で時評を連載。Indonesian Dance Festival(ジャカルタ)共同キュレーター。振付作品に『来る、きっと来る』(2013)がある。
http://members.jcom.home.ne.jp/d-muto/

黒瀬 陽平 Youhei KUROSHE(美術批評)
1983年生まれ。美術家、美術評論家。東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻博士後期課程修了。梅沢和木、藤城嘘らとともにアーティストグループ「カオス*ラウンジ」を結成し、展覧会やイベントなどを組織している。著書に『情報社会の情念』(NHK出版)。 
http://www.chaoslounge.org/ 
https://twitter.com/kaichoo

杉田 敦 Atsushi SUGITA(美術批評)
美術批評。オルタナティヴ・スペース art & river bankディレクタ。女子美術大学教授。最近の著書に、『ナノ・ソート』(彩流社)、『アートで生きる』(美術出版社)、『アート・プラットフォーム』、『inter-views』(共に美学出版)がある。作品に”critics coast”(越後妻有アートトリエンナーレ, 2009)など、キュレーションにポルトガルの現代美術展『極小航海時代』(JAM)などがある。また、アーティストの増本泰斗と、ディスカッション・プロジェクト、”Picnic”を行っている。

萩原雄太 Yuta HAGIWARA(劇作家・演出家・かもめマシーン
1983年、茨城県生まれ。2007年、演劇カンパニー「かもめマシーン」を旗揚げ。主な作品に愛知県文化振興事業団主催の「第13回AAF戯曲賞」を受賞した『パブリックイメージリミテッド』、STスポット共催の『スタイルカウンシル』など。2011年、福島県双葉郡の路上で上演した『福島でゴドーを待ちながら』は、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙や、イタリア・ローマ演劇記念館の『Waiting for godot today?』にて紹介される。

武田 力 Riki TAKEDA(演出家・民俗芸能アーカイバー)
幼稚園で働いたのち、演劇を始めました。 演劇といってもその作品素材は「糸電話」「警察の説教」「たこ焼き」とかで。それはアジアの民俗芸能を元に創作されています。最近は滋賀県の過疎化の進む集落で800年くらい続く芸能の継承もしています。

畔上 咲子 Sakiko AZEGAMI

飯島 剛哉 Gouya IIJIMA(アーティスト)
1976年神奈川県生まれ。2004年Bゼミ修了。個展に、「A319」(BankART1929・神奈川・2007)、「Whole Lotta Rawham」(綾瀬Studio・神奈川・2008)、「Hangar」(Gallery LE DECO・東京・2010)、「いつも黒い場所」(Gallery LE DECO・東京・2012)など、グループ展に、第37回Bゼミ展「火星の生活」(BankART1929馬車道・神奈川・2004)、「Wallpapers」(blanclass・神奈川・2010)、「版画 デイヴィッド スミスの芸術を学ぶ者への問い」(blanclass・神奈川・2012)などがある。
http://gohyaiijima.com

斉藤 成美 Narumi SAITOU(振付家・ダンサー・デザイナー)
平成元年東京都府中市生まれ。日本大学芸術学部デザイン学科コミュニケーションデザインコース卒。ダンス留学@神戸1期生。来るべき田楽研究会実行委員。元似顔絵師。現サンドイッチ職人。

清水 穂奈美 Honami SIMIZU(俳優・かもめマシーン)
1987年、埼玉県北部生まれ。早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒。高校演劇、大学演劇サークルを経て、東京小劇場の演劇作品等に出演している。近年、気功や太極拳等をかじり始める一方、「民俗芸能調査クラブ」に参加。“身体”に焦点をあてながら、「俳優という視座からの創作の可能性」を探っている。

今和泉 隆行 Takayuki IMAIZUMI(地理人)
1985年鹿児島市生まれ、生後すぐに横浜市に移る。7歳のときから実在しない都市地図「空想地図」やバスの路線図を描き始め、今も描き続ける。埼玉大学経済学部卒、現在は都市や地域情報、地図に関する講演、ワークショップ、記事執筆を行っている。NHK教育番組やドラマで使われる架空の舞台の地図制作を行っている。

危口 統之 Noriyuki KIGUCHI(演出家・悪魔のしるし主宰)
1975年岡山県倉敷市生。1999年横浜国立大学工学部建設学科卒業。大学入学後演劇サークルに所属し舞台芸術に初めて触れるも卒業後ほどなくして活動停止、 建設作業員として働き始める。周囲の助けもあって2005年あたりから断続的に活動再開。 2008年、演劇などを企画上演する集まり「悪魔のしるし」を組織し現在に至る。主な作品に「搬入プロジェクト」「わが父、ジャコメッティ」など。2014年度よりセゾン文化財団シニアフェロー。

新見 永治 Eiji SIMMI(パルルの住人)
1957年京都市生まれ。1982年より名古屋市中区でスペース「パルル」の運営に関わっている。当初は新栄画廊というレンタル・ギャラリーとしてスタートし、現在はカフェとイベントスペースを兼ねた場となっている。2011~2012年創設から関わった名古屋市長者町のアートセンター「アートラボあいち」の運営に携わる。あいちトリエンナーレ2013へプロジェクトFUKUSHIMA!の一員として参加。

伊藤 悠 Haruka ITO(ギャラリスト・アイランドジャパン)
islandJAPAN代表。magical, ARTROOMディレクターを経て2010年islandをスタート。外部企画のコーディネートや、アーティストの紹介など、アーティストと社会を橋渡しする活動をおこなう。 今秋は、シブカル祭や、東京デザイナーズウィーク関連企画SHOPART WALKに奔走中 。

小林 晴夫 Haruo KOBAYASHI(blanClassディレクター・アーティスト)
1968年神奈川県生まれ。1992年Bゼミ(現代美術の学習システム)の運営に参加。2001年〜2004年の休業まで所長としてBゼミの運営をする。2009年blanClassを創立、芸術を発信する場として活動をはじめる。毎週土曜日のワンナイトイベント+公開インタビュー(Live Art)に加え、トークイベントなどの拡張計画を展開中。SNSなどをフル活用しながらその場で起こる「作品未満」の行為、発言、発信をオルタナティブに摸索している。編著に「Bゼミ〈新しい表現の学習〉の歴史」(2005・BankART1929発行)がある。

鈴木 一郎太 Ichirota SUZUKI(株式会社 大と小とレフ 取締役)
1997年に渡英。滞在中からアーティストとして活動したのち帰国。その後、浜松市に拠点を置くNPO法人クリエイティブサポートレッツにて、社会の様々な分野と連動し、プロジェクト、場づくり、イベント、展覧会、トーク、ライブ、町歩きなど様々なタイプの文化事業の企画を担当。現在は、建築設計からプロジェクトやイベントの企画までおこなう(株)大と小とレフの取締役として、主にプロジェクト企画、マネジメント、アートディレクションにたずさわる。Central St. Martins College of Art & Design, MAファインアート修了。

寺尾 恵仁 Ehito TERAO(ドイツ現代演劇研究・俳優・ドラマトゥルク)
1985年生まれ。慶應義塾大学後期博士課程在籍、日本学術振興会特別研究員DC1。パフォーマンスグループ6.5/w所属俳優・ドラマトゥルク。現代演劇における俳優/表現者のパラドクシカルな存在を政治論、現象学と関連付けて研究中。これまでの上演分析対象はShe She Pop、ジェローム・ベル、ルネ・ポレシュ、三条会など。

星野 太 Futoshi HOSHINO(美学・表象文化論)
1983年生まれ。美学/表象文化論。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。現在、東京大学大学院総合文化研究科特任助教、慶應義塾大学文学部非常勤講師。共著に『コンテンポラリー・アート・セオリー』(イオスアートブックス、2013年)、『キュレーションの現在』(フィルムアート社、2015年)など。

井関 大介 Daisuke ISEKI(宗教学者)
1981年生まれ。神奈川県小田原市在住。宗教学者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了(宗教学)。東洋大学、清泉女子大学非常勤講師。東洋大学井上円了研究センター研究助手。大学院在学中から稲作を始め、米の自給自足は5年目。趣味で神楽舞、虚無僧尺八、中国武術などを稽古。田んぼに集まるアーティスト達と「来たるべき田楽」研究会を2012年に立ち上げ、民俗芸能と現代人との新たな関係の模索を開始。同会の企画「オ田ワラ田アソビ」でアサヒアートフェスティバル2015に参加中。

坂倉 杏介 Kyosuke SAKAKURA(東京都市大学都市生活学部准教授、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任講師、三田の家LLP代表、NPO法人エイブル・アート・ジャパン理事)
多様な主体の相互作用によってつながりと活動が生まれる「コミュニティ・プラットフォーム」という視点から、地域コミュニティの形成過程やワークショップの体験のデザインを実践的に研究している。地域コミュニティの拠点「芝の家」の運営や大学地域連携の人材育成事業「ご近所イノベーション学校」などを通じて港区のコミュニティ活性化事業を手がけるほか、様々な地域や組織のコミュニティ形成プロジェクトに携わる。
http://sakakura.jp/

梅津庸一 Yoichi UMETSU(美術家)
美術家 1982年山形県生まれ。主な個展に2014年『智・感・情・A』ARATANIURANO(東京)など、最近は『パープルーム』の運営もしている (twitter@parplume)
http://www.arataniurano.com/artists/umetsu_youichi/

タカハシ ‘タカカーン’ セイジ Seiji ‘Takakahn’ TAKAHASHI(音楽家/無職・イン・レジデンス)
こんにちは。岸井さん。岸井さんとは、お友達になったのは2014年でしょうか。お知り合いになったのは2013年かも。時は濃密です。自己紹介はめちゃくちゃ苦手なのですが、頑張ります。(プロフィールって、横顔って意味なんだよと友人から教えてもらいました。ほんとかな)中学生のころUKロックに感化され音楽を始める。(というと、照れが入っていますので、GRAPEVINEの大ファンというのを宣言します)エレアコはコードが押さえられずにすぐにオブジェと化す。お母さんごめん。
高校のころ入学祝いでセミアコを買う。GRAPEVINEの田中さんと同じモデルだと雑誌に記載していたから買ったのに、色が違った。すぐに高校を辞める。また、入る。
スタイルの模索で、その音、もうギターでもなんでもないじゃないそれ、シンセやんという手法に出会ったりしつつもバンド(geeq)を組む。大学のころだな。チケットノルマ制やその業界フォームに悶々としていたころ1枚の音盤を制作完了したとほぼ同時にバンドは解散状態へ。(一応まだやってる)
会社員を経験。ソロで活動ってどないしよかなあという、そのころにFLOATという場所に出会い、イベント企画をやるように。そんなこんなで、現在のような形へと気づいたら移行。音楽や人生から得られた知見を、フォームにあまりこだわらずに道中産み落としたものとしては、「やってみたかったことをやってみるための時間みるみる」「ウイスキーがのめるまで」「読書フェス」「?を自動販売機で売ろう!」「無職・イン・レジデンス」などがある。これは恒常的に日々実施している活動です。(きっと他にもある)
現在主宰するものは、「かんじれんしゅうフィル」「無職研究室」、バンドに、「無職・イン・エクスカーション(w/YukoNexus6)」「geeq」がある。2015年から、「P部」や「民俗芸能調査クラブ」に所属してみたりしています。
仕事としては、アーティストのサポートや、ワークショップやイベント企画運営、福祉フィールドでのアートサポートや企画を時々。
あ、あと、8月には、無職・イン・エクスカーションが別府で何かやります。9月21日に滋賀近江八幡にある酒游館でライブ出演(ドラ☆美保さんとの対バンは特に楽しみ‼︎)と、個人的には、秋に、奈良で演劇の音楽/音響担当として、北九州のコンテンポラリーダンスイベント?にて何かやります。あくまで予定ですけれど…関東のひと、こんにちは。どうぞ楽しいことをやりましょう。それらの活動の詳細などは、「みにくい」と評判のぼくの公式サイトは下記をご覧ください。
http://www.seijitakahashi.net/

藤城 嘘 Uso FUJISHIRO(画家・美術家/カオス*ラウンジ)
1990年東京生まれ東京在住。画家・美術家。2007年(当時高校生)から、「pixiv」「tiwtter」等SNSを中心にインターネット上で作品を公開する美術作家・イラストレーター・学生など広くクリエイターに呼びかけ、オフ会的交流を重ねる。2009年春にmograg garageにて50人を超える参加者のグループ展「カオス*ラウンジ」企画を立ち上げる。以後毎年「カオス*ラウンジ」を開催している。2010年には黒瀬陽平と共同でより大きな企画を始め、「カオス*ラウンジ」ではキュレーターとしてだけでなくメインアーティストとしても活動している。アーティストとしては現在、アクリル画を中心に制作。日本人の母と香港人の父のもと東京に生まれ育ち、情報技術により発達するメディア・サブカルチャーの影響を受け、高校2年生になると現代美術に魅了される。以後、社会で消費されるキャラクターの図像への関心から、絵画上でデフォルメされたキャラクター像・文字や記号・都市や風景などのモチーフを構成し、現代的な絵画のあり方を模索。2011年の東日本大震災後は、人間の「祈り」や「信仰」のかたちへの興味、生物学や地質学をはじめとした自然科学への関心など、より文化人類学的な想像力やモチーフを援用し、制作活動を続けている。主な個展に芸術係数企画藤城嘘個展「キャラクトロニカ」(2013年)など。趣味は音ゲーであり、普段はポップンミュージックやSOUND VOLTEXのプレイに勤しむ。モバマスでは輿水幸子P。

前田 ゆきの Yukino MAEDA
小学生の頃、歩道や自転車置場でヒトリオドル。能(観世流)、コンテンポラリーダンスを経て、岩手の芸能や中国武術を始める。2009年よりケイ・タケイ’s ムービングアース・オリエントスフィアの活動に参加。本業は整体師。クラフトづくりや農作業も行う。

岸井 大輔 Daisuke KISHII(劇作家)
1995年より、他ジャンルで追求された創作方法による形式化が演劇でも可能かを問う作品を制作している。代表作『P』『potalive』『文(かきことば)』『東京の条件』


「アジアで上演する」特設サイト(近日公開予定)http://presentonasia.wix.com

〈「アジアで上演する」予約方法〉
以下の内容をイベント前日までにメールで送信ください。こちらからの返信を持って予約完了とさせていただきます。なお定員に達した場合などお断りすることもございますので、あらかじめご了承ください。
〈タイトル〉アジアで上演する予約
〈メールアドレス〉info@blanclass.com
〈本文〉1)日にち 2)氏名 3)住所 4)メールアドレス 5)参加人数