blanClassがBankART Life7(ヨコトリの連携プログラム)に出張参加します。BankART Stationの展示にも参加しますが、2019年の休業以来、久しぶりにblanClassのLive Artが復活します。今回のLive Artはツアー型。共同ディレクションに振付家でダンサーの神村恵を迎え、6組のアーティストと一緒に「身ひとつ」をキーワードに、都市を巡るイベントを開催します。その様子は、随時BankART StationでのArchive展示に反映します。
BankART Life7「UrbanNesting:再び都市に棲む」の展覧会の展示として、会場のBankART Stationでは、会期中に「身ひとつ」をキーワードに行ったLive Artツアーのダイジェスト動画、ツアー後の作家とのアフタートークの動画、イベントで使われたテキストや作品が随時追加され、変化していきました。また、Live Artツアーのアーカイブのほかに「奥能登アートクラフト」の展示+shopも併設しました。
会場 BankART Station 〒220-0012 横浜市西区みなとみらい5丁目1 新高島駅B1F
展示期間 2024年3月15日(金)〜6月9日(日)11:00〜19:00
休館日 木曜日 [4/4、5/2、6/6を除く]
料金 BankART Life7パスポート 一般 ¥1,000/高校生以下 無料 (ヨコトリとの連携チケットもあります)
横浜の街を裸足で歩いてみます。タイル、アスファルト、土、芝生、コンクリートなど、横浜の街では、近い距離の中に様々な地面・表面が現れます。靴を履いていると感知しづらい表面の異なる質感を、剥き出しになった足で感じながら歩きます。いくつかのポイントでは、歩き以外のワークも行います。
東洋医学では、足裏には全身の縮図があるとも言われます。全身である足裏で踏んだ足元の地面にも、世界全体(のようなもの)を見つけることはできるでしょうか。
怪我や事故などないよう、安全面には最大限配慮しますが、自己責任でご参加ください。雨天の場合は、靴を履いて歩く可能性があります。
集合14:00 出発14:30 [60〜80分程度]
定員 15名 ¥1,000
受付・集合場所:BankART Station
2004年より自身の作品の振付・上演を開始し、国内外で発表を行う。場所との応答関係で動かされる身体に関心を持ち、2022年、東京都国分寺市にてスタジオ「ユングラ」の運営を開始。2021年度より、セゾンフェローⅡ。
詩人・批評家の吉本隆明は約40年前、複数の著作にまたがるかたちで「死からの視線」と呼び得るものを検討した。それは今ここにいながらにして同時に自らを遠く上方から見下ろす視線であり、未知に向かいながら過去へと遡る既視でもあり、さらには資本主義都市空間を覆う「ハイ・イメージ」でもあった。今回は私が近年取り組む〈アトリエ〉という概念と接続させることで、「死からの視線」を参加者各々が都市において手作りできる道具にしてみたい。3/30は上記をめぐるレクチャーを行なう。4/20は軽いイントロののちに短い文章をつくるワークショップを行なう。各回ごとに完結する内容とするが、もちろん両方の参加も望ましい。
1日目(3/30) 集合13:30 14:00—17:00
2日目(4/20) 集合13:00 13:30—17:30
定員 20名 ¥1,000
受付・集合場所:BankART Station
1992年生。制作集団・出版版元「いぬのせなか座」主宰。小説「無断と土」(『ベストSF2022』掲載)、批評『新たな距離』(フィルムアート社)、デザイン「クイック・ジャパン」(159-167)『光と私語』、企画編集「早稲田文学」ホラー特集号など。
「都市」は、機能を持つ建築物の集合で、これらをつなぐ配管や電線、効率的な交通網で構成される。「ゲーム」もまた様々なプレイ要素の集合で、これらをつなぐプログラムや効果的なグラフィクスで構成される。そして双方、出来事の集合(経験)により、それ自身が更新される(ように感じる)。
しかし、ゲームが均質な空間において構築される一方、都市は複雑な大地に構築され、さらにこの大地は常に揺れ動く。多くの「MMORPG」(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)が、あらかじめお膳立されたプレイ空間へ、複数のプレイヤーを招き入れるものだとすれば、複数のプレイヤーの揺れ動く無意識こそ基底とした、ある種の自然都市的な場に成立するゲーム、というものが考えられるかもしれない。
揺れ動く大地を、揺れ動く人々の無意識で代用する––––ゲームにとっての可能性の大地は、この群れを成した烏合の衆にこそある。
参加者 集合時間 11:00 / 13:30 / 16:00 / 18:30 [各回 90 分予定]
定員 各回6名程度 ¥1,000 (リピーター割引あり)
観客参加 随時入退場自由 無料〜
受付・集合場所:BankART Station
2009年結成のミルク倉庫に、アーティストユニット、ココナッツが加わりミルク倉庫+ココナッツとなる。さらに本年(2024)、大久保ありを迎え現在6名で活動。「よろず屋」的に異分野やスキルセットを組合せ制作する。主な展示に「国際芸術祭あいち2022」(愛知芸術文化センター、愛知、2022)など。
BankART Stationから地上に出たところにひろがる「みなとみらい歩道橋」は、色々な形をした階段が複雑に組み合わさって配置されています。
階段は一定の形がスライドしながら連続しているシンプルなルールと機能を持っていて、私は形をデザインしたり、そこでできそうな身振りを想像するのも好きです。
映画や舞台の名シーンでもよく使われてるところから、きっとみんな好きなんじゃないか?とも思います。
階段はじめ、この場を観察し考えたことを共有したり、動いてみるところから歩道橋がつくる空間やコミュニケーションの可能性を探りたいです。
集合 17:00 出発 17:30 [60 分程度]
定員 20名 ¥1,000
受付・集合場所:BankART Station
1983年生まれ、鹿児島県出身。多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科卒。セノグラファーで快快(FAIFAI)メンバー。演劇、ダンス、音楽、映像、展示などに舞台美術、セノグラフィーとして参加や企画も稀にする。ホームパーティーをするのが好き。
ゲーテは言った“光あるところに影あり”
文学世界において、しばしば「影」は主の分身として語られ、影が有るか無いかによってその者の真の存在を確かめる。つまり「影」は常に「実物」と等しく存在するのだ。ゲーテの語呂を拝借して言ってみよう。“影あるところに実物あり”もしも「影」そのものを描いたとしたら…実物なくして描かれた影は、まるで主を失った分身のように街を彷徨ってしまうだろう。
このイベントでは、ペンで描いた図を「影」と見立てて、参加者と一緒に街の中で影送りをします。人の目の残像現象を用いた遊び「影送り」。数秒間瞬きをせず、影を見続けた後に空を見上げると、大きな像が空に現れます。描かれた「影」の実像を空に見つけるイベントです。
1日目(4/27) 14:00ー16:00
2日目(5/25) 19:00ー21:00
定員 15名 ¥1,000
受付・集合場所:BankART Station
集合してから出発点まで30分ほど移動します。
2023年8月「光を測る」電気神殿メタコイノン(東京)にて共作展示。
1993年山口県生まれ。個展に「Voyager is with you」(Art Center Ongoing、東京、2023)、「For instance,Humidity」(sandwich.gallery CFP、ルーマニア、ブカレスト、2022)など。
1995年東京都生まれ。発表に「不在を訪ねる」(スペースくらげ、神奈川、2023)、「#SP_RING_2023」(秋田公立美術大学、秋田、2023)など。
例えば灯台になることで、この身体が風景になることについて考える。
赤灯台と白灯台が、かつてはこの港を見守っていたそうです。現代的でドラマチックでありながら、歴史の生き証人のような横浜の夜景のなかで、わたしも光をまとって灯台になってみようと思います。
灯台のビューポイントを記したものを、ハンドアウトとして差し上げます。標(しるべ)になってこそ灯台だと思うので、よければお越しください。
ハンドアウトには横浜や、それ以外の通り過ぎてきた風景にについての散文をまとめてみました。好きなタイミングで読んでいただいて、テキストが「身体が風景になること」について思いをめぐらせるお供になればと思います。
※5月11日と6月1日では異なるビューポイント・実践場所で、公開実践をおこないます。
18:00ー20:00 受付でハンドアウトをお渡しします。
19:00ー21:00 作家が灯台になっています。この時間のあいだにビューポイントまでお越しください。
定員 制限なし ¥1,000
受付・集合場所:BankART Station
歩行時間 5月11日:最短15分、おすすめルート30分 / 6月1日:未定
1993年生まれ。風景から人の営みを読み取るために歩く・踊る・描く実践をおこなっている。近年の活動に「VOCA展 現代美術の展望 — 平面の作家たち」(上野の森美術館、東京、2024)、個展「TOKAS-Emerging 2023『風景を踏みならす』」(TOKAS Hongo、東京、2023)など。
BankART Life7「UrbanNesting:再び都市に棲む」にblanClassとして参加する。そして期間限定ではあるが、blanClassのLive Artが実に4年ぶりに復活をする。blanClassへのミッションは、このエリアに、もうひとつのレイヤーを創出すること。
このミッションへの回答のひとつは、振付家でダンサーの神村恵さんを共同でディレクターに迎えること。神村さんは、軽やかで、誰とも違う視点からアプローチするアーティスト。きっとこの企画に珍しい視点を持ち込んでくれるはず。そして神村さんとの最初のミーティングで出てきたキーワードが「身ひとつ」だった。
「身」には、何かを、担ったり、抱えたり、背負ったり、何かが、のしかかったり、乗っかったり、何かを、携えたり、従えたり、何かが、刻まれたり、重なったり…、何かに要求され、欲望し、虐げられ、抑圧され、そして今や常に何かと繋がってしまっている。
そもそもダンサーにとって「身ひとつ」が当たり前の条件かもしれないけれど、身体とも、からだとも言わないで、あえて「身」と言い直すことで、できるだけ身軽に、「身」に起こることを考えてみたい。
と、ここまでは昨年末に考えたこと…。ところが、元旦に能登半島で地震が起こり、文字通り「身ひとつ」で放り出された遠くの人たちを思うと、不謹慎なのではないかと悩んでしまった。地震だけではなく、戦争や紛争の下、不安定な土地にいる人たちのことだって考えてしまう。
でも逆にだからこそ、誰の「身」にも起こり得る、過酷な状況のことも重ねて、「身」について考えることも可能かもしれない。さらに、ひとつひとつの「身」が、仮に孤立しても、緩やかにつながることができるような、自律分散型の社会を夢見て、「身ひとつで生きる」という言葉に息を吹き込んでみよう。
参加するアーティストは、神村さんも含め、それぞれが独特の視点を持って表現をしてきた6組のアーティストたち。街の上に、街の中に、街の下に、何を見出し、何を重ねてくれるだろうか?
blanClassの小林さんから、横浜の街で行う企画を一緒に考えてくれないかと依頼があったのは、年末近くでした。なるべく“身ひとつ”で街に出ていき、動いたり考えたりしてみたい、という方向性を示されました。
「身ひとつで生きる」という言葉は、いかにも魅力的な響きを持っています。慣習や前提にとらわれない、孤独を恐れない、なるべくものを持たないなどの、自由で身軽な状態を想起させます。
しかし実際のところ、社会生活を送る以上は、本当に身ひとつで生きることは難しいことだと分かります。公共の場で服を着ていなければ、警察が飛んでくるでしょうし、災害や戦争などの状況で路上に放り出されたら、寒さや暑さ、他者との軋轢、外界との物理的な接触や衝突から自分の身を守るための道具や環境を、必死で手繰り寄せることになるでしょう。
「身ひとつで生きる」ことは、誰にとっても不可能で、実現してしまうのは避けるべきであるにもかかわらず(であるがゆえに)、情報やものや関係性にがんじがらめになる現代の生活の中で、忌避されながらも、同時に夢見られるような対象であると言えるでしょう。
字義通りに「身ひとつ」を実現することは不可能だとしても、少なくともそれが持つ両義性を、経験するということは可能かもしれません。
「身」という言葉は、人の身体を指すと同時に、皮や表面に覆われた中身を指す場合もあるし、「身を立てる」「身の程を知る」などの表現に見られるように、社会的関係性の中にある状態も意味します。また、「勉強に身を入れる」などの表現があるように、人の心や意志を指す場合もあります。いずれの場合も、何らかの表層に覆われている“中身”、何らかの関係性や空間の中にあるものを指しています。
そのように見ていくと、「身ひとつ」は、剥き出しの状態のように見えても、依然として何かに覆われている、何かの中にある状態だとも言えます。
このイベントにおいて、身ひとつで街に出るとは、自分がなるべく装備や準備を置いて外に出たとき、それでも何かに包摂されている、何かに覆われている状態を改めて発見するというトライアルになるのかもしれません。
もしくは、「身ひとつ」は、都市生活の安全さと便利さに浸っているもの特有のお気楽なファンタジーだということを、確認する作業になるのかもしれません。
3ヶ月間に渡って毎週土曜、6組のアーティストが、横浜の街と対峙し、街を舞台や道具、素材とした何らかの出来事を、参加者の皆さんとともに作り出します。
ぜひ、身ひとつでご参加ください。
2024年元旦に起こった能登半島地震で被災した奥能登のクラフトアーティストたちへの応援プロジェクト。チャリティーを兼ねた展覧会です。
伝統的な技術を学んだ後、伝統技術を活かしながらも、各自の視点を踏まえて作品を作っているメンバーを中心に声をかけさせていただきました。
今回の震災が大きなターニングポイントになり作品を作る際の素材の事や道具の事、制作する場所を見直す機会になったメンバーもいれば、震災以前から大切にしていた思いをさらに強めるきっかけになったメンバーもいます。震災は人々の暮らしから能登半島の形まで大きな変化をもたらしました。
そんな中、自宅が全焼し、まさに「身ひとつで生きる」ところから新たな生き方を模索し始めたメンバーもいます。決して楽観的にはなれない状況ではありますが、震災により能登の美しさだけでなく自然の大きな力を目の当たりにした時、自然の素材から作品を作る我々を通しクラフトもメッセージを持つことができると思っています。
この企画を持ち掛けた時に参加者のひとりの山岸さんがバンクシアという植物を思い出したと言っていました、その植物は山火事があると、それがトリガーになり発芽し焼け野原で灰を栄養とし芽を出すそうです。
変化し続けるという意味では変わらない事もありますし、継続し続ける為に変化していく事もあります。展示会場では完成した物を並べるだけでなく制作途中の物や作品以外でも映像やテキストから瓦礫までメンバーが感じたエッセンスを会期中に展示し、さらに会期中に各自の展示が変化し成長する展示をBankART Stationという場所で展開していければと思います。
1995年愛知県生まれ。2017年輪島漆芸技術研修所卒業。
輪島塗の技術をベースに変わり塗りで漆の色々な表情を見せてくれる作家です。今回は震災で壊れた器を元に戻すのではなく傷の模様を活かしながら金継ぎで新たな作品に生まれ変われさせてくれます。
1978年埼玉県生まれ。2003年B-semi learning system卒業。2008年石川県立漆芸技術研修所卒業。
能登で見つけた素材を使ったり、能登で見かけた風景を元に作品を作っています。
石川県輪島市生まれ。千葉工業大学工業デザイン学科卒業。
輪島塗の素地も手掛ける久保田さんは鑿を使い小さな動物を作っています。いつも皆んなの作品を見守ってくれている気がします。
東京生まれ。輪島漆芸技術研修所卒業。
蒔絵師の小西さんは金粉だけでなく貝や卵の殻などの素材も使います。バイオリニストでもある小西さんは独自のリズムとバランスで加飾された作品を作っています。
石川県七尾市生まれ。島漆芸技術研修所卒業。
高畑さんの今回の作品は従来の革製品のイメージを覆す物です。特に生革を使った透明な作品は革の新たな魅力を引き出しています。
東京出身。日本女子大学家政学部住居学科卒業。
萩のさんはグラフィックデザインから物作りまで、能登の里山・人・自然と関わりながら作品を作っています。今回は「かっこべ」という木の皮を使った作品を中心に出品してくれます。
茨城県生まれ・神奈川県生まれ。共に、輪島漆芸技術研修所卒業。
器からスケボーまで、かわいい!かっこいい!おもしろい!わくわくする気持ちを原動力に漆の可能性を広げてくれています。
東京生まれ。女子美術大学デザイン科卒業。輪島漆芸技術研修所卒業。
山岸さんの作品は抽象的なデザインの沈金にも見えますが手に取ってみると植物をモチーフにし生命の繊細な動きを感じさせてくれます。
石川県珠洲市生まれ。富山デザイン専門学校デザインプロダクト科出身。
山田さんの作品は美しい形、そして工房のまわりで体験した記憶を写しとったような質感の作品です。
兵庫県出身。輪島漆芸技術研修所。
横山さんの作品は主に乾漆という漆を染み込ませた布を重ねて作られています。素地から仕上げまで自身が手掛けていてシャープなシルエットと和紙なども使った優しい質感が特徴です。
※各作家紹介文は加藤修央
グラフィックデザインと現代美術を横断する作品制作を展開。
チラシ、カタログデザインの仕事の他に、展覧会などで積極的に作品を発表している。
期間中は、3月23日から12回、毎週土曜日にゲストをお呼びして、横浜の街なかを会場にイベントを展開、イベントの様子は随時BankART Stationのアーカイブ展示に反映します。
BankART Life7「UrbanNesting:再び都市に棲む」の入口付近にblanClassのブースがあります。
ブース内ではLive Artツアーのアーカイブのほかに「奥能登アートクラフト」の展示+shopも併設します。
イベントに参加する際には、BankART Life7単体パスポートか、ヨコトリ連携チケットが必要です。
BankART Life7は、第8回横浜トリエンナーレ連携事業。みなとみらい線「新高島駅」地下1階に広がる大空間「BankART Station」を起点として、みなとみらい21地区、関内地区、ヨコハマポートサイド周辺地区の3つのエリアの日常空間に作品を展開する展覧会。さらに多様なガイドによる「ツアー」も開催される。
みなとみらい線「新高島駅」改札上 地下1F