最近、国連とコロンビア大学の研究機関、SDSN が発表した「世界幸福度報告書2017」によると、上位は北欧の福祉国家がぞろり、日本は「国や企業への信頼度」、「寄付などを通じた他人への思いやり」、「他者への寛容さ」などの数値が低く、51 位。先進主要12 ヶ国の中でも大きく差がついて最下位だった。日本は、いろいろと条件は悪くないのに人間関係ばかりがギスギスしているということだろうか? この結果だけを信じるならば、経済的に優位な国々よりも福祉国家になるのが正解ということだろうに、実際に日本が向かう先は、北欧型の福祉国家ではないようで、これまでに培ってきた、モダンやらコマーシャルやらグローバルなんかをいびつにつなぎ合わせたまま、結局は経済成長だけが頼みのゲームが終わらない。

先に挙げたように、ほかの国では福祉国家はすでに存在し、成功もしている。最近では公共通貨(パブリックカレンシー)や、国民配当(ベーシックインカム)を導入するための議論も各所で起こっているから、旧来のイデオロギーに根ざした経済とは、まったく違う選択がないわけではない。そろそろこの辺りで、成熟しきって先に夢のないゲームに終止符を打って、大胆に方向転換をしてほしい。

保守的な権力や富を独占している側が、そのゲームを終わらせたくないのは当然のことながら、なかなか変化が起こらないもう一つの理由は、それらの勢力に対抗する側も、搾取されている側も、知らず知らずのうちに、同じゲームのルールに嵌まってしまうからではないだろうか?

文化的な営みにしても、多くは標準的な社会制度や経済的な競争をベースに機能し、また縛られてきた。それでも、思考実験に近い表現は実践され続けている。そうした試みは、これまでのお手前に従っていない分、成熟し完成しかかっている既存の「知」から比べれば、とても幼稚に見えるだろう。でもあらかじめ答えがわからないことを始めるということは、その幼稚なところから手探りをするということ。

blanClass で起こっていることを考えても、すっぱりと過去を清算するというわけにはいかないようで、これまでの現代美術の完成と、これからのアートの可能性、「成熟と幼稚?」が同居しながら、せめぎあっているように思える。だから当面は、それぞれ個人が抱えていて、交換できそうでできない価値観を、苦しみを伴いながら、どうにか吐き出しつつ、お互いの思考を確認していくというのが、まだまだ現状なのかもしれない。

小林晴夫(2017.4-5 チラシ掲載)


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