4月23日(土)、24(日)2日間連続で、珍しくblanClassが主導したイベントを企画した。

イベントには特別ゲストに、関東大震災直後に横浜で起こった朝鮮人虐殺の事実を40年以上も独自に研究している後藤周さんをお呼びする。彼の研究の最もコアな資料に当時の小学生が書いた作文と石碑がある。今回はそれらを実際に見ながら、参加者と共に考えを巡らせたいと思っている。

実は後藤先生は私の中学の担任だった人。私に、放課後の職員室で広島長崎の原爆の話、水俣病の話、そして在日コリアンに対する不当な差別の話をしてくれた。昨年、実に35年ぶりにお会いして、その後の活動のお話を聞くことができた。後藤先生は郷里の岡山から初めて赴任先の横浜を訪れて、横浜の荒廃した雰囲気に驚いたと言っていた。当時の横浜の下町がいかに行き詰まった感じだったか、それを知らない人に説明するのはとても難しい。バブルが訪れる前の横浜は、幼い私にとっては、絵に描いたようなやさぐれ街だった。

中2の夏休みの読書感想文で私はアラン・シリトーの「長距離ランナーの孤独」を選んだ。校内暴力が吹き荒れた学校生活を送っていた私にとって、シリトーが描く世界は共感以上のリアリティーを感じたのも事実。同時に主人公のあまりにもペシミスティックな反骨に、なぜだか怒りを感じてしまい、感想文には共感よりも怒りばかりをぶつけた。体育館で、この感想文を全校生徒の前で朗読した後、後藤先生は代わりに私のアンビバレンツを優しい言葉でほかの生徒に説明してくれた。

すっかり大人になった今になっても、世の中のどの階層にも共感できない、宙ぶらりんなアイデンティティーは変わっていないが、あれからの日本の社会は、もっともっと大きなお金の流れに翻弄され、さらにおかしな状況に辿り着いている。だからといって止まってしまったわけでもないだろう。シリトーが言うように「運なんて気紛れなもので、後ろ頭をガツンとやられたかと思えば、次の瞬間には砂糖を頬張らせてくれたりもする。できることはただ一つ、へこたれてしまわないこと」なのだから。

というわけで、第1部、土曜日の夜は当時の小学生が書いた作文を読み、翌日の第2部、日曜の午後はblanClassから程近い宝生寺にある関東大震災韓国人慰霊碑を訪れる。ゲストの後藤先生に加えて、聞き手に佐々瞬、岩田浩、趙純恵、3人のアーティストたちが駆けつけてくれる。

というのも、2015年3月によって3人によって行われたパフォーマンスに触発されて今回のイベントを企画したからだ。「それら について話すこと」と題されたそのパフォーマンスは、やはり2日間で行われたのだが、本番を迎えるまでに、3人が積み重ねようとして、脱臼していく「対話」を、観客をすっかり置いてきぼりにしたまま継続したものだった。彼らが抱えた難問は、世の中にどうしようもなく繰り返される「醜い事件」に、どういう態度で向き合えばいいのかということ。そのためにはコラボ
レーター同士が考えを共有する必要があるわけだが、適当なところで折り合えない愚直さなのか、問題を共有することへの懐疑なのか、話は話を生み、行為はまた行為を誘発して、とりとめもなく平行線のコミニュケーションが横たわっていた。

「醜い事件」とは弱いものへ向かう暴力のこと。けだし暴力を振るう者たちもまた幸福とは言い切れないストレスのなかに生きている。どうしようもない「空気」が、どうしようもない「事件」を生み出してしまう。

「それら について話すこと」というパフォーマンスに、私が感じたのは、社会に横たわるどうしようもない「空気」に対抗し得る「空気」。コミュニケーションは万能ではないから、お互いの考えをすり合わせるのは、実際にはとてつもなく難しいことだけれど、それでも、もしもだれもが抱えているストレスや愚痴を交わすことができる場が世の中のいたるところにあったなら、きっと「空気」は入れ替わるはず。一時でも窓を開けて「空気」を入れ替えてみようと思う。

小林晴夫(2016.4-5チラシ掲載)


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