CAMP[30hour CAMP]


30時間のあいだお花見をしたり、ご飯をつくったり、話し合ったりします。何度でも再入場可。詳細はblanClassやCAMPのサイトで。


日程:4月5日(土)11:00~6日(日)17:00 ※開場は10:30 ※途中参加/退出可
場所:主にblanClass(神奈川県横浜市南区南太田4-12-16)
定員:30人(予約制) 参加費:1,200円/1,000円(学生)


【 タイムテーブル 】※随時更新中

4月5日(土)

11:00-14:00|準備中


14:00-17:00|準備中


17:00-21:00|花見 ※飲食は持ち寄り 場所:大岡川周辺(集合:17:00にblanClass)


21:00-23:00|準備中


23:00-26:00|高橋夏菜「欠落からみる実践としての批評」

 ひとつの展覧会がおこなわれるとき、企画者であるキュレータは、多くの場合、カタログや会場の解説パネルに自身の企画に対する解説や論考を書くことが求められる。それは、展示を見に来た鑑賞者のためだけに、会期直前に突発的に書かれたものではない。そのテキストは、展示に至るまでのいくつもの過程の中で、キュレータが自分の企画に対し、調査や研究、考察や実証を繰り返した末に、結果として書き出されたものだ。たとえば、展示会場となる美術館やギャラリーの管理者、共に作業を行っていく学芸員やスタッフに対して、企画の主旨や目的を説明するプレゼンテーションを行う場合、キュレータが自身の企画を分析していなければ、企画の実現は到底不可能だろう。なぜ今この場所で、この企画をやる必要があるのか、目的を明確に語るためには、展覧会を構成する要素であるアーティストや作品に関するリサーチを重ね、コンセプトやテーマの検証、考察をしておく必要がある。また、企画が実現した折には、プレス・リリースやインタビュー、キュレータ・トークやディスカッションなどでも、自身のキュレーションに対する省察が求められるだろう。さらに、企画やその実現に限らず、第三者への伝達、他者との検討までを視野に入れれば、論考や考察といった部分はますます重要になってくる。つまり構想から起案、実現、そしてその伝達や検討という過程で、キュレータは企画者としての役割と同時に、批評家としてのふるまいも求められるのだ。
 しかし、キュレータによって記された批評は、どこか第三者の手によるものと決定的に異なるのではないだろうか。もちろん広報的な面もあるとはいえ、論考であるならば、客観性や内省を目指すものではあるだろうから、「批評」と呼ぶに値するものではあるだろう。だが、例えばそうした立場で書かれたものが、企画者しか知り得ない企画過程への言及に立脚していたり、自身の介入や作用についての言及を明らかに回避しているとき、奇妙な感覚に襲われはしないだろうか? あるいは逆に、当事者であるキュレータ以外の立場から書かれた批評が、企画に関わるキュレータについての言及をあえて避けているように感じられたり、逆に展覧会批評という体裁をとりながらも、過剰にキュレーションの面だけを論じているように思われるときはないだろうか? 本稿では、キュレーションの中に含まれながらも、批評という言説の中で語られる要素と省かれる要素があることに着目し、その差異が何に起因するものなのかを、キュレーションと批評の関係として考えていくことにする。また、語られないこと、選ばれなかったこと、つまりある特定の部分を省くという意識と批評との関係についても考えていきたい。そうした問いに取り組むための要素として、瀧口修造(1903-1979)とキャロライン・クリストフ=バカルギエフ(Carolyn Christov-Bakargiev, 1957-)のキュレーションの事例を用いることにした。瀧口は批評家や作家として活動する一方で、展示のキュレーションも行っていた。彼の批評とキュレーションを比較することで、より実践的な視点からの試みとして考察できるのではないかと考えている。また、バカルギエフは2012年に行われたdOCUMENTA(13)をキュレーションする中で、自身の企画に対して多くの省察を残し、キュレーションの過程を見せることに意欲的だった。キュレータによる言葉とプロセスは、批評がキュレーションの何を志向するのかという問いの答えを、明確なものにしてくれることだろう。そして、ここに私が2012年にキュレーションを行った「TWS第7回企画公募展」が要素の一つとして、加えられる。本稿の始まりとなる「批評から省かれるものとは何か、そうしたものを含まない批評とは何か」という問いは、私自身が行ったキュレーションから立てられたものである。この問いは、キュレーションによって志向されるものとは何か、批評が省いてきたものにどのように対峙できるか(またはしないのか、別の方法を取るのか)というように、より核心的な問題へと連続していくことになる。その際、瀧口が残したタケミヤ画廊での展示に関する批評や、ニコラ・ブリオー(Nicolas Bourriaud, 1965-)による「関係性の美学」の提唱、バカルギエフが自身の手紙から、dOCUMENTA(13)に辿り着いていったことは、ひとつの手がかりになるように思われる。キュレーションの実例からは、三者の実践が何から始められたのかを推定し、キュレーションへの批評からは批評が言及する要素を考察していく。そして、批評への批評という形で、キュレーションと批評の間にある共通点や差異を見出していく。そして実践やプロセス、近代と対峙する方法についても言及しながら、最終的に私は、批評そのものについて論じることができればと考えている。本稿は、批評に対する一種の懐疑のまなざしであり、同時に、その懐疑を乗り越えるための可能性についても言及したいと望むものである。



4月6日(日)

02:00-05:00|齊藤哲也「少女表現主義」

近年、日本の現代アートシーンの一端では、「女性が幼少時に絵または落書きを描く際の少女マンガの模倣」という表現方法を用いて自身の日常を描く作品がみられる。これらは1980年代後半から1990年代前半にかけて生まれた女性によって描かれており、彼女たちの作品は、幼少時の落書きという日常生活や日々の感情を綴る行為を起点としながら、作家自身が少女として投影され描かれている。この表象行為から10代〜20代の女性という限定された視点ではあるが、現代の日本の社会的文脈や環境、そして現実を読み取ることが出来るのではないだろうか。
本論では、現在これらの作家によって起こりつつある小さな美術動向を「少女表現主義」と名付けることにする。そして彼女たちの作品や活動にある社会背景や、その作品が現在アートの枠組みの中へと捉えられてきている経緯について考察をおこなう。


05:00-06:00|散歩 場所:blanClass周辺(集合:05:00にblanClass)


06:00-08:00|朝食 ※飲食は持ち寄り


08:00-10:00|斉藤有吾「ルソーの『社会契約論』を読みながら、一緒に悩んでみる」

ルソーの『社会契約論』を読んでいるのですが、何度読んでも、よくわからないことがあります。この機会に、みなさんと読みながら、一緒に悩んでみようと思います。


10:00-13:00|お風呂と昼食 場所:横浜天然温泉くさつ(集合:10:00にblanClass)


13:00-15:00|當眞未季「現代における作品受容の可能性ー美術作品における鑑賞体験の変容についてー」

 現代アートの一つの特徴として、その作品形態(ジャンル)の多様さがあげられるだろう。それは絵画、彫刻、写真、映像、そしてパフォーマンスやインスタレーションなど、多岐に渡っている。最早、具体的な作品一つ一つを特定のジャンルに分類していくことに何らかの有効性を見出すことは難しいだろう。しかしここで今一度、特定の作品形態を一つのきっかけに見直してみたい点は、そういった多数のジャンルの出現、その背後にあった「鑑賞体験」の変質であり、観者の作品受容のあり方そのものに関する変容である。
 2012年10月27日より2013年2月3日まで東京都現代美術館にて行われた「MOTアニュアル2012 Making Situations, Editing Landscapes 風が吹けば桶屋が儲かる」展に出品された作品の多くは、観者の身体的、個別的な鑑賞体験それ自体を意識せざるをえないような展覧会であった。特に従来想定される視覚的(あるいは他の感覚機能であることもあるだろうが、いずれにせよ、観者の鑑賞の対象となるような)物質的オブジェクトとしての「作品」の大部分が美術館内に展示されなかった、田中功起(1975‐)の作品体験は象徴的であろう。美術館内に存在した作品は、まさにその「作品の不在」と「外部での活動」を観者へと告げる《アーティスト・ステイトメント》(2012/10/27‐2013/2/3)と《活動についてのカレンダー》(2012/10/27‐2013/2/3)であった。その活動の内容の多くは時間と場所の限定されたものであり、観者は一人一人、明らかに異なる鑑賞体験を抱えることとなったのである。田中は個々人の鑑賞体験それ自体を作品として提示しているとも言えるだろう。この展覧会における田中の「出展作品」は、観者が作品を完全に受容することの不可能な作家の「活動」であると言い換えることもできるかもしれない。この展覧会については本論の中で更に詳しく見ていくことにするが、ここで扱われている作品全体の特色として、「鑑賞体験のあり方」自体が重要な要素として作品内部に抱合されている点を指摘できる。そしてこの特色は90年代以降に顕著に見られるようになった傾向だと言えるだろう。作品の形態に関し具体的事例を見るならば、観者への何らかの指示を作品の中心的要素にするインストラクション・アートや、観者と作品との間に直接的な相互作用をもたらすインタラクティブ・アート、また他者や周囲との関係性に重点を置くリレーショナル・アートなどの作品形態の隆興に見ることができる。参加型アート(Participatory Art)と呼称されることもあるこれらの作品群には、観者の身体的行為の重視、周囲の空間や環境の抱合、コラボレーティブな制作方法などの特徴が指摘できるが、いずれにしても、そこには「観者の鑑賞体験そのものを作品の重要な要素に据える」という意識が見出されるだろう。そしてこのような作品の鑑賞体験は、伝統的な美術作品(絵画、彫刻、写真や映像といった作品形態)の鑑賞とはおそらく異なる問題を含んでおり、それらは「作品受容」のあり方を(もしかしたら伝統的な美術作品の鑑賞体験をも巻き込んで)変質させたと言えるかもしれない。観者自身の「鑑賞体験」をも作品として提示する作品に対して、観者はそれをどのように受容し、鑑賞しているのであろうか。
 作品受容のあり方はその時代に応じて変化してきた。それは例えばルネサンス以前の西洋において、教会壁画として描かれた宗教画の受容が現在の「絵画の受容」とは異なった意味でなされていたことからも推察される。作品受容のあり方は芸術概念の変化と共に変化してきたのであり、そしてまたそれらの変化はいずれも、社会的な時代の要請に基づいたものであった。その中であえて何らかのメルクマールを据えるならば、18世紀半ばから生じた「芸術」概念の成立に求めることができるかもしれない。美学や美術史の成立も見られるこの時期に、現在に通じる作品受容のあり方の基盤が成立したのである。第二の転換期としては、1920年代を指摘しえる。近代において成立した「芸術概念」に対する概念的反動がまず20年代の作品において見出される。そして1960年代において、20年代の議論を引き継ぐ形で芸術に対する大規模な見直しが、新たな作品形態の発生という形で提示されただろう。この時期に見られる多様な作品形態の発生と作品概念の変化に、90年代以降特徴的に見られる作品受容のあり方へと直接的に繋がる要素を見出すことができるかもしれない。
 本論では、「観者」をキーワードに鑑賞体験のあり方に関する歴史的変遷を、上記の流れに沿って概略的に振り返る。まず第一の転換期である近代的な観者概念の成立以前とそれ以後との比較から出発し、次に20世紀における近代的観者のあり方をその反省的な動向に着目し、インスタレーションやハプニングなどの作品形態の発展において分析する。そしてその流れを受け、現代の日本における美術作品の受容について、幾つかの具体的事例を元に検証することで、今日的な「作品受容」のあり方とは何であるのか、考察していきたい。


15:00-17:00|吉田絵美「ゲリラ的芸術表現にみる都市性―ハイレッド・センターと東京」

本論は、路上や公共空間といった展示を目的としていない空間において、ゲリラ的に展開される芸術表現を、「都市性」を軸に紐解いて行くことを目的とする。
分析の対象として、1960年から1964年頃にかけて東京各地で活動した芸術集団「ハイレッド・センター(以下、HRC)」を中心に取り上げる。近年、1960年代前後の日本の芸術が「前衛芸術」として注目を集めているが、「東京」がキーワードとなり展覧会が海外で開催されたりもしている(2012年、MoMA『Tokyo 1955–1970: A New Avant-Garde』)。そのことからも、HRCの芸術表現の分析において東京の「都市性」を見出だしていくことが可能ではないかと考え、今回研究を試みた。
HRCは、赤瀬川原平(1937-)、中西夏之(1935-)、高松次郎(1936-1998)を中心に結成されたが、匿名性が強く、様々な若手芸術家が入れ替わり参加し、時に目撃者(=観客)ともなる集団であった。都内の路上、駅、ホテルなど都市の一空間を舞台とし、「直接行動」と呼ばれる日常を攪拌する試みを行なった。
本論は次のように構成される。まず序章において、本論で扱う芸術表現の定義を行う。1950年代から1970年代における「ハプニング」や「イヴェント」の影響を受けつつも、日本国内の公共空間で独自に起こったと考えられる芸術表現の総称を「ゲリラ的芸術表現」とした。
第1章では、HRC結成に至る背景を明らかにすることを目的として、戦後日本における「前衛芸術」の歴史を、都市の状況と照らし合わせながら分析した。東京という都市は、当時から前衛芸術の集団形成とメディア発信において中心的役割を果たし始めていた。1950年代には、「実験工房」が東京で、「具体」が大阪で結成されていたが、前者は東京で活動したことで美術・音楽等のジャンルの垣根を超えたメンバーで構成されていたことが特徴的であった。また、具体は大阪を活動拠点としながらも、メディアからの注目や批評を求め、東京でも意識的に展示を開催していた。1960年になると、安保反対運動等の政治権力に対する「熱」によって芸術運動も盛り上がりを見せ、若者文化も都内で形成され始めるようになる。その中で同年、赤瀬川も参加メンバーであった「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」は、新宿にある吉村益信のアトリエや、銀座の路上を芸術表現の「場」とし、その「熱」を発散するべくパフォーマンス等を展開した。このような「熱」が東京に集結した背景には、「読売アンデパンダン展」の存在が挙げられる。自由出品・無審査である読売アンデパンダン展は、次第に美術館が想定する強度を超えた作品が乱立するようになり1964年に中止となったが、前衛芸術の担い手であった若手芸術家の拠点であり、後のHRCの要員も関係を築いた場であった。
第2章では、「都市性」に着目するにあたり、「空間」と「場所」、「都市空間」の定義、1960年代の東京の状況について整理した。また、さらに都市性に基づいた分析を行なうために、「公共圏」、「盛り場」といった社会学的視座の導入を試みた。HRCの結成や企画会議は行なわれた喫茶店は「公共圏」としてとらえられ、直接行動が行なわれた空間は「盛り場」とも呼べるのではないかと考え、都市の構成要素とHRCの関係を仮定した。この仮定をもとに、第3章ではHRCの「直接行動」について、具体的に考察を進めた。まず、HRCの匿名性を特徴づける「計画性」について3点言及した後、HRCの活動を時系列に3期に分け分析した。その結果、①前衛芸術運動が「熱」であったのに対し、冷静な観察眼を持っていたこと。②直接行動は皇居を中心とした山手線沿線内で繰り広げられていたこと。③都市に埋もれている価値が定まっていない曖昧な空間で攪拌を試みようとしていたこと。以上が浮き彫りとなった。
第4章では、HRCの比較対象として、ゲリラ的芸術表現と思われる1990年以降の芸術家(スモール・ビレッジ・センターとChim↑Pom)2組を取り上げた。その結果、未だ東京が権力の中心地であり、かつ芸術家にとっても興味の中心であるという事実には変わりがないこと、しかし、メディアの急速な発展に伴い、ゲリラで行う芸術表現もアーカイブが容易に可能となり、芸術表現の発表方法の変化に大きく影響していることを述べた。また、都市空間の「公共圏」、「盛り場」的要素はゲリラ的芸術表現を行う集団を醸成し、芸術表現の場でもあるが、都市空間の特徴である「匿名性」はメディア上にも及ぶようになり、都市の状況も複雑化していることが伺えた。そして、ゲリラ的芸術表現は監視社会化によって大きく変化しており、1990年代以降「アートプロジェクト」等でも盛んに展開されているそれらは、1960年代ハイレッド・センターが行なったものとは性質を異にするものであることが明らかになった。
本研究を通して、HRCは戦後の時代背景と前衛芸術運動の流れから生まれたものではあるが、東京という都市を冷静に観察し、匿名性を意識的に装った点で「運動」とは一線を画した固有の芸術表現であったのではないかということ、そして、現代においてそれらはパロディという状態でしか成立し得ないということを結論とした。


17:00-19:00|小泉元宏「クールジャパンへの違和感:ソフトパワーとしての日本のポピュラー音楽と、オリエンタリズム」



高橋夏菜|Kana Takahashi
1989年秋田県生まれ。2014年女子美術大学大学院修了。主な企画に「松原香織 個展《Self-Globalization》」(2012, gsgp女子美アートセンター準備室)、「第7回展覧会企画公募展 奨励賞《TOC》」(2012-2013, トーキョーワンダーサイト本郷)、「《超約びじゅつの学校》レビューカフェ部」(2013, 十和田市現代美術館, 共同企画)、「《ときどき きこえる : aufklärung von kinder》展」(2013, art & river bank, 共同企画)など。現在、芸術生産に関わる人々が「嫌悪」について考えるためのタブロイド紙『Pa+』の制作メンバーとしても活動中。

齊藤哲也|Tetuya Saito
1985年神奈川県生まれ。2009年横浜美術短期大学専攻科修了。2014年女子美術大学大学院修士課程修了。同大大学院生と共に「セクシュアルマイノリティを考える会」や、個人の知識や経験からポルノについて考える「ポルノ論考」を開催。現在、芸術生産に関わる人々が「嫌悪」について考えるためのタブロイド紙『Pa+』の制作メンバーとしても活動中。

斉藤有吾|Yugo Saito
1981年生まれ。最近の主な活動及び関心ごと:ほっとくと中々出会いにくそうな、あっちのお気に入りとこっちのお気に入りが出逢う機会を作ろうと試行錯誤しています。おせっかいで、ごめんなさい。

當眞未季|Miki Toma
1989年神奈川県生まれ。2012年武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科卒業。2014年武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程美術専攻芸術文化政策コース修了。

吉田絵美|Emi Yoshida
1989年生まれ。長野県出身。2012年日本女子大学人間社会学部文化学科卒業。2014年武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程美術専攻芸術文化政策コース修了。シャトー2FやアートプロジェクトTERATOTERAの運営に携わり、今春より世田谷美術館学芸員。

小泉元宏|Motohiro Koizumi
1981年生まれ。長野県出身。国際基督教大学卒、東京藝術大学大学院修了。修士(音楽)、博士(学術)。日本学術振興会特別研究員、ロンドン芸術大学研究員、大阪大学特任研究員などを経て、現在、鳥取大学准教授、国際基督教大学非常勤講師、大阪大学フェローなど。専門は芸術・文化の社会学、文化政策研究。特にアート・音楽と、都市・地域社会の関係性に関する理論、実践研究を進めている。


CAMP 

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〈メールのタイトル〉キャンプ予約
〈メールの本文〉1)イベント名 2)氏名 3)メールアドレス 4)参加人数

※ 当日参加も大歓迎です。その場合でも準備がありますので、ご予約をお願いします。



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